中学一年生の頃だったと思う。

夏休み前の6月か7月の初旬。

僕が通っていた学校の裏には山があって、

そこから絶え間なくセミの声が鳴り響いていたのを思い出す。


成長することを見込んで買ってもらった、

少し大きめの学生服に身を包んだ私はある授業に参加していた。

冷房なんてなく、下敷きをうちわ替わりに扇ぐことで

涼をとることしかできなかった私は、

うっすらと汗をにじませ、

教壇で話す先生の話を聞く。

いつもと雰囲気の違う授業だってことは、

みんな薄々気づいていたんだと思う。

漂う独特な雰囲気の授業に、

クラスメイトの私語は自然と多くなる。

そして、先生が黒板に貼ったあるものがきっかで、

僕を含むクラスメイトたちは動揺を隠すように、

大きくざわめいた。



そう。




僕はここであることを知る。




禁術。


『こどもの作り方』を。


デフォルメされた男女の裸を絵にしたものに指をさし、

学術的な言葉を使い機械的に説明を行う先生。

男性の下半身に指がいくたびに笑う僕ら。


僕はこの時までこの禁術に対して、

雰囲気でわかっていたつもりだった。

確証なんてなかった。

ただ、心のどこかでそれを信じれない気持ちがどこかにあった。

自分の父と母が、僕を作るためにその行為に及んだと信じたくなかった。



なんてことだ・・・


思春期だった僕に告げられた真実は心に大きな穴を作った。


もちろん男子と女子に分けられて行われていた授業。

しかし中学1年生の頃の私たちは

『エロ=悪』

という、方程式が暗黙の了解として成り立っていたことにより、

この真実に対して興味がないそぶりを見せ、

クラスメイトに自分が決してエロではないという証明を働かなくてはいけなかった。

必至に冷静を保ちながら、興奮した心と下半身を隠し授業をやり過ごした。

当然、その後の休み時間は自然と先ほどの授業の話題となる。

各方面から聞こえる、



『あんなん誰がやるん?wwwwww』

『無理無理wwwwww』




クラスはエロに興味がないそぶりを見せ合う、社交場となっていた。

誰もが心の奥底に潜む『性』を隠しながら・・・・。

こうして僕らは性教育を受け、中学はじめの夏休みにはいることになる。


そして、夏休みが明けた初日に勇者が現れる。

何とその勇者。

この夏休みに禁術に手を出したのである。

今までの『エロ=悪』の方程式を恐れず、

僕たちに報告をしてきた彼を勇者と言わずに誰を勇者と言えるだろうか。

彼の報告により、僕たちのエロという探究心に火がついた。

彼には色んなこと聞いた。

柔らかさ、温かさ、せつなさ、愛しさ、心強さ。


思春期の僕たちは純粋に知りたかったのである。

その禁術を。




僕たちはゆっくり大人の階段を上る。

ゆっくりと着実に。

たまに踏み外しながら・・・。













そして、10数年後。





大人になった僕はドラクエ10を始めることになった。

終わり。

え?

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